世界は眩すぎる

広汎性発達障害(いわゆるアスペルガー)疑いの一社会人が、自分の自閉症的な部分について書いてみます。できるだけ淡々と、「自分の認知の仕方」と「どうしてそう感じているのかについての推測」を書き出してみるのが趣旨です。

可愛くない子供(1)

障害程度区分認定の面接に行ってたときの話です。ちょっとフェイク入ってますけど。

 

知的障害は割と軽くて自閉症スペクトラムが入ってて、特別支援学校の高等部を卒業するから面接の申込みしました、就労支援の福祉サービスを使う予定です、っていう子がいたんですよね。

で、いろいろ質問して。「こういう動作は一人でできるよね」とかの確認がひととおり終わったところで、親御さんと先生に話を伺ったんですわ。

で、そのとき結構インパクトがあったのですが、親御さんがはっきりと仰ることには

「あの子は宇宙人。理解できない」って。


それを聞いた先生は、「いやあの子にとって一番大事で認めてもらいたい相手は親御さんですよ」ってフォローしてらっしゃいましたが、親御さんはやっぱり「うーん、そうは実感できないな」って言ってたんだ。

その子はどこに遊びに連れて行ってもその辺うろうろしてるだけで楽しそうな様子がないし

何か言っても応答するだけで行動に移さない(例:「○○をします!」と約束するけどまともにやり通したことなんてない)

近くにいても親のほうを見もしないし呼びもしないし

ずーっと同じ笑ったような顔でそこにいるだけなんだって。

一言でいえば、可愛くない。自分の子供だから可愛いはずなんだけど、そう思えることが少ない。

 

このエピソードを思い出して、思ったこと。

親御さんにとってみれば、その子と対面してるときは、あれか、「進撃しない(かもしれない)巨人と対面してる」感覚なのかもしれない、ということ。人間の形してるけど言葉が通じない違う生き物なんだ、心も持っているかどうかわからない、って感じるんだろうなって。

(そして、そう思ってしまうことに自分で嫌悪を感じてらっしゃるんじゃないかなって)

 

自分には子供がいないので推測するしかないのですが

親御さんがお子さんを可愛いと思うのって、

・自分の遺伝子を持ってる者を保護したいという本能的欲求

・子供から示される愛着に対する互恵性

というところでしょうか?

上述のお子さんの例だと、親御さんにとってはこの2つ目がまず期待できない、のかな。

そしてお子さんの方は、親御さんに対する愛着の示し方がわからないんだろうな。

(親に対する愛着の示し方を、普通は「本能的に知っている」んだろうけど…、自閉症って、心自体が他の人とは別の平面上から発生していて、通常は「本能的にもっているもの」がそもそもない、あるいは全く別のものを持っている、そう考えた方がいいんじゃないかな)

 

障害のない子供だったとしても時々は腹立つものなんでしょ?

互恵的愛情表現が成り立つ見込みもない(ように見える)相手に対してだったらなおさら、「常に子供に対しては、保護本能が何より上回らなきゃいけない」と期待されるのはそりゃつらいですよね、と思った。

上述のようなお子さんを親御さんが可愛がらないことを肯定するわけじゃないですが、親御さんが愛情を感じられないことがあるのを責めるのは酷だろうなってことです。

 

上述のお子さんの例の、親御さんが仰っていた問題については、別の記事で「こういうことじゃないかな」と推測してみようと思っています。

人の肌はなんて熱いんだろう(性的な意味はないです)

人の肌を触るのも触られるのも割と苦手です。

ぞわっとするし、どう反応したらいいかわからないです。

 

自閉症スペクトラムの人の症状として割とよく聞くのが、「化学繊維の感触がだめ」とか、逆に「特定の布を常に触っている」なのですが

自分の場合は布の感触に対しては何とも思わないです。むしろ鈍いかもしれない。単純に「視界に入っていないから認知しない」だけかもしれないですが。

で、肌の感触はざわっとするし、温度は少し熱すぎるように感じられるようです。

恋人ができて以降、少しは慣れたように思いますが、肌をずっとくっつけているのは割とつらいです。

 

祖父母や伯父伯母が「おいでー」って言っておひざに乗せてくれるのですら困惑してた。

従順な子なんで言うとおりにおひざには乗るけど、どう反応したらいいかわからなくて固まってた。

抱いてくれる手の感触は、皮膚の内側をぞわぞわ刺激した。手の温度や乗っている膝の温度は熱くて、じっとそのままにしておくと身体の中に熱がたまりすぎた。手が離れればその膝から滑り降りて、放熱する必要があった。


…考えてみれば、親に対してですら、抱きついたりなんかしたことはあるんだろうか?

肌の肌理、温度、湿度、どれもが少しばかり濃密すぎて、すこしでも触れると皮膚の内側に潜り込んで、体温が一気に上がるような感覚があった。

 

「触れてくるのは好意を持ってくれているからだ」という知識もなかったですし、どう反応したらいいかよくわからなかった。というか今でも微妙によくわかっていないのですが。

さすがに触れてくる手をはねつけるまではしないですが、ちょっと「うわあああ」ってなってます。

世界は眩しすぎる(2)(比喩表現ではないです)

自閉症の世界を理解するための5つのシミュレーション « WIRED.jp

 

↑視覚過敏や聴覚過敏などをシミュレートできる動画集のページです。

ここに掲載されている5つの動画について、以下、自分のコメントです。

 

1つめ:以前、聴覚過敏について書いたときに挙げたシミュレーションです。

聞こえ方に関しては、普通の街中だと大人が多いからこれより音域が全体的に低いです。

見え方は…うーんどうかな、もっと視野が狭いかなあ。あと、明るいところと影の部分はもっとコントラストが強いと思う。

2つめ:…すみません、正直これよくわからない…

実際のアニメを見るときは、音がぶれたり映像がぶれたりはあまりしないので…(自分の場合は。)リアル視界と比べるのも難しいです

3つめ:あんまり関係ないけどスーパーだと人の声が響くのって「おしゃべりしてる人がいる」「家族連れがいる」という条件では?(おひとりで来られてる方ばかりだと人の声は少なくなるよね、ってことです)

なので、ボリューム的には「人の声」より「カートやBGMや作業音や、その他の音」のほうが大きいかなあ。

視界のぼやけ方は、デジタル映像の処理上仕方ないんでしょうが、マス目が消える感じではないですわー。

4つめ:えーと、これの前半って、音をミュートして輝度をかなりおとしてあるんですか?(´・ω・`)?

後半、いつもの感じに戻ってきてかえって落ち着いたわw

5つめ:これはね…「こんな気持ちだよー」という表現を強調しているので、「映像作品」としての完成度>リアルな感覚の再現 になっていると思います。

挨拶って必要なの?(3)(単純に疑問)

以前の同タイトルの記事で、

「いろいろな発話の中でも挨拶は特に、大きな声で行われるため、それが頭に響いて耳に痛い」

「そのため、なぜ苦痛を感じてまで挨拶をしなきゃいけないのか、理由がわからなかった」

という趣旨のことを書きました。

 

で、まぁこの年なんで、「挨拶が必要とされる理由」も色々な知識から推測はできるようになったわけです。

ある所で読んだ「挨拶はコミュニケーションの最初の段階」という表現、これが端的でとてもわかりやすかった。


それで、「挨拶しない(1)→その人とつながりを求めてない(2)=敵意がある、とみなされる(3)→だから挨拶は必要とされる(4)のだろう」と推測してるのですが、、

どうですかね大体合ってますかねこれ。

 

ていうかそもそも、上記の(2)=(3)や(1)→(2)がなぜ成り立つのか、正直言うとどこかで納得はできてないです。そのように思考がつながっていく感覚がわからない(体感できない)。

ですが、ふつうのひとはそう思うもんだと、割り切って覚えるべきことなんでしょう。きっと。

「敵意がない証拠として、コミュニケ―ションを求める」のがふつうの行動原理だと、それをまず叩きこんでもらえていたら、ほかのひとの言動が何に基づいているのか、いろいろな推測をするのに回り道しなくてすんだんじゃないかな、と少し思います。

 

自閉症スペクトラムと療育手帳

障害認定の話です。

 

以前の記事に書きましたが、「療育手帳」は一般に「知的障害があること」の公的証明書といえます。

なので、現状、「知的障害を伴わない、自閉スペクトラム含めた発達障害」だけを持っている人の場合

一般的に療育手帳の取得は難しく、精神障害者手帳の基準にあてはまるかどうか…というところです。

知的障害のある自閉だったら、おもに知的障害の面から、どの程度重たい障害があるかによって、療育手帳の等級が判定されます。

(3/18追記:精神障害の手帳について記事書きました

 

ただ、療育手帳の認定基準は(国内統一ではなく)都道府県によって違うので

療育手帳 - Wikipedia

県(または政令市)によっては、療育手帳の認定区分の中に「発達障害」のカテゴリを設けているところもあります。

なので、発達障害だけを持っている人が、療育手帳を取得できるかどうかを知りたい場合、

身も蓋もない回答は「最寄りの児童相談所か障害者相談所か発達障害者支援センターに聞いてね」になりますです。

(どれも各都道府県に最低1か所はあります)

(余談ですが、なぜ身体障害が全国統一基準なのか…というと、障害者福祉の法律がそもそも戦後の傷痍軍人対策から発しているために基準が作られた、という点が挙げられると思います)

 

ただ、↑上記はあくまでも「障害の手帳」の話です。

単に、発達障害だけ持っている子どもさんが、福祉サービス(障害の子向けの一時預かりとかね)を使いたいとか児童精神科の医療費を助成してほしいとかの場合、市町村の障害者福祉の窓口で受け付けてもらえる可能性があります。まずはかかっているお医者さんのPSWかSWにご相談、でしょうか。

医療費の助成は、精神障害自立支援医療費助成(自己負担が少なくなる)なので、この場合「発達障害」は「精神障害」の扱いですね。

 

※追記:障害の手帳を取得するための診断書と福祉サービスの受給者証を取得するための診断書は別モノでして

特に子供の場合は、障害の手帳を持ってなくても「支援が必要な症状がある」という内容の診断書が出るならば

福祉サービスを基本使えるようになってる はずです。

詳細はお住まいの自治体に問い合わせるのが一番確実です。

 

発達障害「だけ」、しかも子供の場合は、色々制度の隙間にはまったり

制度自体がはっきりしなかったりすることがあるなあ、という印象。

発達障害」自体がまだまだ新しい概念なのもあるでしょうし

18歳未満の子供は障害の有無に関係なく児童福祉法がまず適用されるせいもあるんでしょうかね。

 

以上、ざっくり自分の知識をまとめてみました。

繰り返しになりますが、制度の詳細についてはお住まいの自治体に問い合わせてください。