読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世界は眩すぎる

広汎性発達障害(いわゆるアスペルガー)疑いの一社会人が、自分の自閉症的な部分について書いてみます。できるだけ淡々と、「自分の認知の仕方」と「どうしてそう感じているのかについての推測」を書き出してみるのが趣旨です。

可愛くない子供(2)

一つ前の記事で、自閉症スペクトラムのあるお子さんを「理解できない」と仰っていた親御さんの話を書きました。

今回はその中で出てきた、「どこに連れて行っても楽しそうな様子がない」ということについて、推測を述べてみます。

 

自分の場合をたとえとして出します。

小さい頃、親に連れられて観光地に行ったことがあります。地元の旧跡だったり、海だったり、あるいはお祭りだったり。

街に連れていかれたこともあります。デパートや遊園地や、ショッピングセンターのプレイスペース(って言うんですかね)だったり。

 

どこに行っても。「楽しかった?」と聞かれて、笑って「うん!」と答えることがほとんどできませんでした。

 

慣れない場所の景色は、どこも一斉にぐるぐるうねって光りながら自分のほうに飛び込んでくるようで、「ここが一体どんな場所なのか」を把握しようとする試みで精いっぱいでした。

辺りにはたいていたくさんの人がいて、みんなの声はわあわあ響いて、今まで知らなかった環境音や空気の匂いが全方位からのしかかってきて、親が話しかけてくる声はかき消されて聞こえませんでした。

 

たとえば博物館や美術館に連れて行ってもらったこともあります。

でも、具体的に何を見て楽しめばいいのかがわかりませんでした。

展示品を見れば「すごいなあ」と思うし、「きれいだなあ」とも思うのです。けど「普通の鑑賞方法」がわからない。他の人たちがどこを見て感心しているのか、どのくらいじっくり眺めるものなのか、そもそもどっちに向かって歩くものなのか、読み取れなくてわかりませんでした。

(さらに言えば、「親にくっついて行ってまねをする」という対処法には、これっぽっちも思い至りませんでした。この点についてはまた別の記事にします)

 

一言でいえば、「雰囲気を楽しめない」んだと思います。

そもそも「楽しそうな雰囲気」だということが認識できないし、新奇なものたちからの感覚情報が周りのすべてから飛びこんでくるのでくらくらする。

さらにいえば、「ここは、何かを面白がるべき場所である」ことも、「ここでは何を面白がったら無難なふるまいであるか」も把握できない(そもそも普通、そんなもんは教えられることなどないし)。

 

書き出してみて思った。親は困ったし腹も立っただろうなあと。

せっかく楽しいところに連れてきたのに、子供は無反応のまま萎縮していたりその辺ふらふら歩いているだけなわけだし。

 

一旦、ここで切ります。