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世界は眩すぎる

広汎性発達障害(いわゆるアスペルガー)疑いの一社会人が、自分の自閉症的な部分について書いてみます。できるだけ淡々と、「自分の認知の仕方」と「どうしてそう感じているのかについての推測」を書き出してみるのが趣旨です。

他者の心を理解する心(1)

e.心の理論について

「心の理論」とは、簡潔にいえば「他の人の心を理解する心」のことだそうです。

自閉症スペクトラムの症状は、「心の理論がうまく働いてない」としばしば表現されますよね

たとえばサリーとアン課題その他、ひっかかるとか。

 

自分の場合だと、今ざざっと目を通してみたのですが

・「サリーとアン」「スマーティ」については正解にたどりつけました。

ただし、少し時間をかけて、「ええと、Aはこう思ってるんだよね?で、Bはこう思ってるんだよね?」と、頭の中で二列構成の表に図示して分析していました。

なので、咄嗟に「直感で答えろ今すぐ答えろ早く答えろ」とせかされた場合などは、ひっかかるかもしれません。

・「アイスクリーム屋課題」は、普通に「あれ、駅前でしょ?」と思った後で、「…?いやいやちょっと待て」と考えなおしました。

・「泥棒欺き」と「悪意のない嘘」は、たぶん言葉上ではできると思うけど、あからさまにとまどったり躊躇ったりしてしまうと思います。

 

まとめると、

「他の人がどう考えるか、『明らかな事実』から類推することはできるけど、直感的に同調する(波長を合わせる、とでも言うのでしょうか)ことができない」

ということになるかと思います。

 

まず、「自分と他者との違いに対する認知が未分化」ということには納得です。

もうひとつ。「同調」ができない、って、そうなんですよね。きっと。

自分と違う「他者の思考方法」が存在しないに等しいのであれば「同調」なんぞしようがないですし

「他の人が普通、どう感じるものなのか・まず何を考えるものなのか」が、そもそもわからないのです。

植物が芽を出して蔓を伸ばしているだろうことはわかるんだけど、どこから芽が出ているのかわからない(つまり自分と同じだろうと類推するしかない)、という感じでしょうか。

 

ただ、上記の譬えでいえば「芽の出る場所」を、自分の場合と他の人の場合と比べて詳しく計ってみれば、「xy軸上とyz軸上」、あるいは「実数平面上と複素数平面上」ほどの差があるんではないかとすら思っているのですが

長くなるので一旦切ります。