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世界は眩すぎる

広汎性発達障害(いわゆるアスペルガー)疑いの一社会人が、自分の自閉症的な部分について書いてみます。できるだけ淡々と、「自分の認知の仕方」と「どうしてそう感じているのかについての推測」を書き出してみるのが趣旨です。

人の声は耳が痛い(2)(比喩表現ではないです)

聴覚過敏?について(2)。

 

聴覚過敏…というか、どうやら「人の声」という種類の音が全般に苦手のようです。

近くで誰かがしゃべるたびに、特急でトンネルに入ったときのように鼓膜がぼわって言うんですよ。これがひとつ、「聞こえる声の大きさを適当に認知できない」という問題だと思います。

もうひとつは、「人の声という音自体を、鋭すぎる波長(?)として認知してしまっている」という問題だと思います。

 

人間の声、というのは、「巨きなカタカナがずらずらとのしかかってくる感じ」の音として認知している(自分の場合は)。

だから「人の話を聞く」という行動は、話し言葉として自分に向けられているカタカナの列から、有意味の単語を拾い上げてつなぎ合わせる、という作業になる。

(これにより、「行間が読めない」という問題につながってくると思うのですが、この点については別記事にします)

 

話し言葉が自分に向けられた時点では、情報量としては「話し言葉の意味」よりも「話し声の音質」のほうが圧倒的に大きい。

そしてどうやら面倒なことに、自分の場合は話し声の音質を、「怒っている」か「怒っていない」かでしか判別できず、かつ、「怒っている」と判定する基準がかなり厳しいようです。

(音に対する認知が二進法で、0か1かなんかな。んで、1(音有り)と認知する閾値がいちいちへんな値なの。
人の声も、「カテゴリ:人の声・音有り(1)/無し(0)」で認識してて、「音有り(1)」の細区分は「怒ってるか(1)とそうじゃない(0)か」しかないっぽい、ということなのかな、と思っています)

つまり、ちょっと興奮ぎみの声やよく通る声をことごとく「怒っている」と認知してしまう。

だから、人の声は往々にして「怖い音」と感じる。

 

おそらく(お互い不運なことに)、自分は母親の声質が苦手でして

(苦手な音を出す人→怖い人、になっちゃったんだと思う。まぁ母は勘気の強い人なんで実際怖かったんですが)

母を含め、母方親族はよく通る声質をしているのですが、どうやらそのへんの波長の声がたいへん耳に響く。
正月なんか大変っすよ、祖父母宅にみんなが寄るのですがだれかがしゃべるたびにトンネル出入りするときみたいに鼓膜がぼわぼわ言う。みんなの話聞いてるだけで精一杯で。
伯父伯母のことは割と好きなんですが話してるのを聞いてるとうわああってなるんですよね…どうしたもんでしょうか。

 

「人の話し声」という音の中でも苦手なのは、笑い声です。

耳が痛い。頭に響く。いっせいに笑いが起こると顔がひきつってしまう。
念のため申し添えますが、「笑ってるのが不愉快ムカツク笑うな」という意味じゃないですよ。周りの人が楽しんでると私もうれしいよ。けど笑い声という音は苦手なんですよ。

笑い声って、破裂音に似ていませんか?

笑い声という音が耳の奥に届くと、同時に頭蓋の内側を鈍い刃物で抉られるような感覚がします。

すきな人がしゃべってても嫌いな人がしゃべっててもそれは同じ。(嫌いな人の声は余計に耳に障る、のはありますけども。)

 

一旦、ここで切ります。